浅野先生の鍼灸治療理論

北京堂の理論も、やはり中国と同じく東洋医学の聖典と呼ばれる『内経』に基づいています。
そこには「通じなければ痛む」とあります。通じない物とは経絡であり、経絡は経脈と絡脈、つまり血管の総称です。血管内には血液が流れていますが、中国医学では血液が気によって運ばれていると考えます。

つまり風を含めた大気が肺に取り込まれて血液と結合し、動力となって血管の中で血を循環させる。だから気が滞れば血も進まなくなり、組織が栄養されなくなるから痛みが起きると考えています。
そこで血管の詰りを取り除くために、鍼を突っ込んでパイプのように掃除する。そうすれば血管が再び通じるようになって血が循環して組織が栄養され、病は自然に治る。そのような血管が詰まっている場所を『内経』では「索」、表面血管なら「横絡」と呼んでいます。索はロープの意味で、筋肉が紐のように凝り固まった部位、横絡は血液が滞って怒張した部位です。

そこに鍼したり血を出したりして、索や横絡を消すことが古代の鍼治療となります。もちろん北京堂の治療では古代の理論をそのまま引用しているのではなく、そこに古代理論では存在しなかった神経をプラスしています。

まず北京堂の治療理論は、神経が圧迫されて痛みが発生するとしています。もちろん全ての痛みが神経の圧迫から起きるわけではないので、筋肉による神経圧迫から起きている痛みに絞って鍼の治療対象としています。
神経の圧迫段階には三つあり、初期は筋肉が少し神経を圧迫して、神経がパルスを発生させている状態。これが知覚神経を圧迫していればジリジリとシビレがきれたような感覚や圧迫感が脳に伝えられ、運動神経なら筋肉を少しずつ収縮させて緩まなくし、筋肉付着部に圧痛をもたらす。

次に筋肉が神経を圧迫し、神経が強くパルスを発生させている状態。これが知覚神経を圧迫しているなら締め付けられるような痛みとなって脳に伝えられ、運動神経を圧迫しているならばチックのような不随意の痙攣となります。

そして最終段階が、筋肉が神経を強く圧迫し、神経からのパルスを遮断している状態。これが知覚神経を遮断してれば感覚は脳に伝えられないので知覚がなくなり、運動神経を遮断していれば脳からの命令が伝わらないので筋肉が動かせないと考えます。

だから手足が動かないとか感覚のない痺れがもっとも進行しており、治療時間が掛かるというのが北京堂の痛み理論です。

本来は柔らかく収縮性のある筋肉ですが、使いすぎて酸素不足になったり、不完全燃焼により筋肉内に疲労物質ができると、筋肉が縮んで固くなります。また廃用性萎縮といって脳卒中や寝たきりなどで動かなくても、静脈の血液が循環しなくなり、静脈が滞るため動脈からの血も通わなくなります。
動脈の先に静脈があるので、静脈が塞がれば動脈も流れにくくなります。

血液が流れないと筋肉は酸素不足となり、筋肉が縮んで固くなります。筋肉が収縮し続けると、運動神経を圧迫刺激して筋肉に収縮パルスが発生し、その循環を繰り返して自然では柔らかい筋肉に戻らなくなります。
その理由は筋肉が一旦収縮すると、神経だけでなく血管も圧迫するからです。締め付けられた神経は、知覚神経なら痛みとなり、運動神経ならパルスを出して筋肉を収縮させ、ますます筋肉の収縮を激しくします。それだけではなく筋肉の中には血管が通っているので、筋肉に圧迫されて血が流れなくなれば体温が伝わらずに冷たくなり、酸素を含んだ血が流れてこないため筋肉の萎縮が進みます。
これを『内経』は「冷えによる痛みを痛痺」として、冷えが痛みと最も関係が深いことを述べています。

この収縮した筋肉に鍼を入れ、20分ほど置きます。
すると軸索反射によって血管が拡張し、血流が回復して酸素が運び込まれ、発痛物質が運び去られて固まった筋肉が緩み、筋肉による神経や血管の圧迫が解消します。血液が流れれば酸素不足も解消され、筋肉の凝りは和らぎ、血が循環して筋肉内の疲労物質が全身に運び去られ、腎臓から排出されます。

血液循環が回復することによって筋肉内に留まっていた局部的な疲労物質が全身に行き渡るので、鍼治療のあと脳は運動した後のような眠気を感じ、ちょうど筋肉痛のような状態になります。

筋肉痛と凝りの違いですが、筋肉痛は筋肉内に疲労物質があっても筋肉が柔らかいので血液により運ばれますが、凝りでは血管が筋肉に締め付けられているので疲労物質が代謝されません。つまり筋肉痛と凝りの違いは痛む筋肉が固いか柔らかいか、代謝産物が運ばれるか否かの違いなのです。
そして凝滞した血液を、鍼によって循環させることで凝りを筋肉痛に変えるのです。これが木下晴都の『針灸学原論』に書かれた内容です。

逆に言えば、せっかく鍼で筋肉を緩めて血管の抵抗をなくしても、心臓とか循環器が悪ければ血液循環が回復せず、また貧血や生理前で血液の少ない状態でも効果がないことになります。

北京堂は、木下理論に従って治療しています。 もう1つの理論の柱は朱漢章の小針刀理論です。
これは摩擦などによって筋膜が破れ、筋膜どうし、あるいは筋膜が骨と癒着したり、筋肉自体が瘢痕化することにより、筋肉の運動が制限され、動かした時に血管や神経へ張力や圧力が掛かり、神経に力が加わるために痛むとする理論です。
そうした筋膜の癒着を剥がしたり、瘢痕化した部分を治すため、朱漢章は「小針刀」という道具を考え出しました。 もともと針刀は骨を切るために朱漢章が考えたものですが、それを小さくして癒着した筋膜を剥す目的に使い、小針刀と命名しました。現在の中国にて小針刀は、新分野の鍼技術として教科書に採用されています。
小針刀の直径は0.6~1.2ミリですが、0.35~0.6ミリと細い刃鍼という鍼も登場しました。これは鍼尖を横に並べたような先端構造をしています。
ちょうど火鍼が三頭になり、平頭へと進化したのと似ています。鍼尖を並べた構造をしているので、毫鍼よりも効果が強いです。 小針刀は刺入したあと動かして筋膜の癒着を剥す目的に使われましたが、刃鍼は縮んで伸びなくなった筋線維を切り、血管の圧迫をなくすことで組織の血液循環を甦らせようとするものです。その作用は、血液循環の回復を促すという面で毫鍼に近いのですが、より強力です。
あまりに収縮しきった筋線維は、鍼を刺しても緩まないので、断ち切ってしまうより方法がありません。つまり索を切るのです。

以上に共通した理論は、圧迫された血管の圧力を除いたり、滞った血を取り除くことによって血液循環を回復させ、組織に新しい血液と酸素を供給して神経の圧迫を除き、治そうとする理論です。

以上が北京堂の鍼治療理論ですが、理論には裏づけが必要です。
鍼治療の仕事を長く続けていると、患者が痛みを訴えてくる部位は、かなり筋肉が凝り固まっていることが経験的に分かってきます。マッサージ師や按摩師ならば、その筋肉の固まりをほぐすことでしょう。しかし鍼師ならば、その固まりに刺鍼して緩めます。

どうして固まった筋肉に刺鍼すると筋肉が緩むのでしょうか?  鍼をすると刺鍼した周囲が発赤します。発赤は毛細血管が拡張していることを表しますが、鍼すると血管が拡張することにより血流量が多くなり、新鮮な血が運ばれてきて病態が改善するというのが木下晴都の主張です。
彼は神経による軸索反射によって毛細血管が広がり、血管が太くなるため血流量が増え、酸素不足を補って筋肉の収縮が除かれるため、神経の圧迫が消えて痛みの悪循環を断ち切ると主張しました。
しかし体表の毛細血管が広がるのが見えるからといって、筋肉内部の血管まで拡張して血流が改善するのでしょうか?

 それを証明するために中国では、腕を水槽に浸し、腕と水槽の水位に印をつけ、腕へ刺鍼してから水槽に戻すと、元の水位より水の体積が増えているという実験をしました。水位が上がっていれば刺鍼前より刺鍼後は、腕の体積が増えたことになります。その水位の増え方は皮膚表面の血管拡張だけで説明できず、腕筋肉内部の血管が広がって血液量も増えたとしなければ、それほど大量の水が押しのけられる説明がつかないものでした。
だから刺鍼したあとに血管が拡張し、腕の体積が増えたと考えられるのです。それを容積波と呼びました。これは刺鍼後にサーモグラフィで温度が上がることからも、体表の血管が拡張して血流量が増えていることがわかります。 刺鍼部位の血液量が増加するのは、血管に対する締め付け抵抗がなくなるからだとされています。
つまり血管周囲の筋肉が緩んだため血管が広がり、そこに流れる血流量が増えることで腕の体積が膨張し、温度が上がったわけです。これは刺鍼した筋肉が柔らかくなることからも、触ってみれば確かめられます。
筋肉が柔らかくなれば、1つには筋肉によって締め付けられた血管が解放されて血流がよくなり、その部分の栄養補給や酸素不足が解消されて、傷ついた組織の回復が促されます。

もう1つは筋肉による神経の締め付けがなくなり、それが知覚神経なら痛みが消え、運動神経であれば筋痙攣がなくなります。

直接的な痛みの治療理論は以上ですが、それだけではなく脊柱起立筋である棘筋には自律神経である交感神経の後枝が入っているので、内臓の異常が背中の痛みとして反映されます。つまり膵臓の痛みや胆嚢の痛みは背中の痛みとして感じられ、心臓の痛みも背中まで通ると古典鍼灸の本に書かれています。
つまり自律神経は、前枝を内臓に出して内臓を調節しながら、後枝を棘筋に出して筋肉を収縮させているのです。
だから背中に痛みがあれば、背中の筋肉は硬くなっているのであり、その硬くなった筋肉に締め付けられて自律神経の後枝は興奮している。
その興奮が自律神経節に伝わって、前枝も興奮するから内臓が異常となる。
だから後枝の興奮を鎮めれば、自律神経節を介して内臓の異常も解消する。

本内容は、浅野代表の『鍼灸院治療マニュアル』の一部から抜粋しました。


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